伊豆半島の東海岸にはガクアジサイが自生し、その一部は電車や車からも見ることができます。しかし、大半は日の当る海岸線に自生しているために、昔から集落で海岸への行き来に使われている小道より林を分け入ることになります。これらは基本的に海岸線で見られるとはいえ、人工的に木が育たないように管理されている道路沿いの崖地などでは、海岸線より1キロメートル以上離れていても見ることがあります。
当地のガクアジサイの特徴は他より濃い色彩を持ち、大きな多様性を持つことです。花形は普通のガク咲き以外に、テマリ咲き・半テマリ(多花)・段咲き等が見られます。ガク片はナデシコ型・丸弁・樋弁など変化が多く、色も絞りや二色・濃淡を持つものもあり、株ごとに異なっているといっても過言ではありません。装飾花の大きさは自生地で4から最大8センチ、畑では花房全体で直径25センチが最大でした。八重咲きは4種類、一部の装飾花が多弁になる半八重は3種類を見ています。これらの中よりすでに命名されたアジサイが生まれており、海外でも一般に販売・栽培されています。東伊豆の特異的なガクアジサイ群は、伊豆諸島や神奈川・千葉のガクアジサイだけを見て、一度も伊豆のガクアジサイを見たことのない人にとっては、想像できない世界かもしれません。 ここでは、最も華やかなテマリ咲き(ホルテンシア型)を紹介します。2011年の7月までに、13種類のテマリ咲きを確認しています。他に、一度だけテマリを咲かせた後で弱り咲かない株がありますが、固定しているか確認できていません。半テマリ(多花)も10株近く見ており、その中でも装飾花を20個以上持つ花は遠くからみても目立つ存在です。半テマリ咲きは海外の例でもガク咲きに含めることが多いので、テマリ咲きから除きます。
自生場所は海から直接立ち上がる崖の上の林、磯の谷間、小道から浜に下る道沿い、浜から続く林の中と様々な環境です。一番興味のある場所では、テマリ咲き3株が海側(No.710)・中央(磯万度)・山側(No.805)と数メートル離れて並び、中央の横にある石にテマリの実生が2株(No.712・No.713)、違う石に実生が一株(No.103)、No.710の近くに一株(No.1102)と合計7株が自生しています。基本的に青色の花ですが、海側と中央は一部にピンクが入る事が多いです。
No.710(畑で撮影) 磯万度(Iso mando、自生地で撮影) No.805(自生地で撮影)
No.712(畑、段咲き) No.713(自生地、石の上) No.103(自生地)
No.1102(自生地)
実生は3株共、2004年以後に開花して石の上ということもあり高さ60センチほどです。No.710は突き出たガクが目立ち、凸凹な咲き方。磯万度とNo.712・713は似た花形で、段咲きになりやすく、縦長の花を咲かせることもあります。No.713は自生地で石の上に生えているため引き締まり整った形に目が濃い花でしたが、栽培すると目の濃さが無くなり、大きくなると直径25センチになり、花色が濃いときはわずかに絞りがでます。No.805とNo.103は苗が小さいために、まだ栽培時の充実した花を見ていません。
テマリ咲きの周辺にテマリ咲きの実生があることから、一部のそれは実生でもテマリ咲きが出やすいと思われます。磯万度がそれにあたり、房の先端に両性花ができ結実します。その周辺には、似たNo.712とNo.713が出現しています。
磯万度の両性花
そこから100メートル離れた場所に一株(No.1101)、さらに100メートルほど離れた場所に、不安定なテマリ咲き(No.803)があります。No.803は全体の半数以上がテマリ咲きになり、株の一部に半テマリが残っています。テマリ咲きに咲いた枝を挿し木して畑に定植したところ、ほとんどの花がテマリ咲きでした。また、写真の手前側は毎年テマリに咲くので安定していると考え、載せることにしました。
No.1101(自生地) No.803(自生地。手前にテマリ、奥に半テマリ咲き)
そこからまた百数十メートル先にヤマトアジサイが2個の大株に分かれて自生、そして数メートル海寄りに異なるテマリ咲き(No.714)が一株ありました。そのうちのヤマトアジサイは周囲の樹が上を覆った為に陽が差し込まず枯れてしまいました。海寄りのテマリ咲き(No.714)は、2006年に見た時は主要な茎が枯れて細い茎だけが残っている状態でしたが、ここ数年の管理のおかげで大きな株に復活しています。これらは近くに自生していたにも関わらず、畑ではまったく異なった花を咲かせました。No.714は青一色から目が目立つ色に、荒れた咲き方からガクが平らに開き、扁平な大型の半球をえがく型へと変わりました。
ヤマトアジサイ(Yamato ajisai、別名:古代紫。畑) No.714(畑)
これら11株は400メートル以内に見られるので、集中して分布していることがわかります。この周辺は今でも実生からテマリ咲きがでており、近くに半テマリ咲きも多いことから、テマリ咲きが出現しやすい地域と考えられます。伊豆急行が開通する1961年以後にこの周辺が分譲されますが、当時はテマリ咲きから一番近い民家でも1400メートル離れていました。このことから、ここのテマリ咲きはホンアジサイ等の影響を受けず、当地で独自に出現したと考えています。開発が進んだ現在でも分譲地まで250メートル以上の距離があり、その間は当時と同じ原生林に近い状態で残っています。
最後の1株(No.8f01)は、ヤマトアジサイから2.5キロメートル離れた場所に孤立して分布しています。薄暗い林の中にあるので、立ち上がる茎が少なく弱々しく見えます。今後、周囲の木を間引き、明るくしないと枯れてしまうかもしれません。花の色はピンク、蕾のときに黄緑のガク片が突き出てデコボコです。他の11株が人から隔離されていた環境であるのと異なり、近くに建物や駐車場があることから園芸種とも疑いましたが、周囲は全てガクアジサイであり、林の中に生えているので野生種と考えました。もし間違っていた場合は、ご教示いただければ幸いです。
No.8f01は薄暗い自生地でピンクに咲き、我が家で濃青色に咲くガクアジサイの横に植えて濃いピンクとなり、最盛期を過ぎると少しだけ青味が入ってきました。自生地と栽培地は共に周囲のガクアジサイが青色に咲いていることから酸性土壌と考えられるので、このテマリ咲きの一番の特徴は土壌の酸性度に関わりなくピンクに咲くことでしょう。
No.8f01(自生地、林の中) No.8f01(畑)
2009年に磯万度の自生株の一枝より枝代わり(No.904)が出現しました。ガク片の縁が凸凹したナデシコ咲きで、淡い白の筋が見えました。挿し木より咲かせたところ、通常花とナデシコ咲きの両方が咲いたので、全ての花がナデシコ咲きになるまで選抜を続けているところです。
No.904(畑)
これらのアジサイは原種ということもあり丈夫で、一定の日照量以上であれば、露地、鉢物を問わず栽培しやすいと思います。もし、交配親として利用するならば、栽培しやすく花も咲きやすい園芸種を作出する手助けになるでしょう。近頃、農作物の育種や医薬品開発の素材として遺伝資源が話題になり、その多様性が重要視されています。我が国だけに自生するガクアジサイを保護・保存し、農家や育種家に供することも、私達の大切な役割です。
ガクアジサイを肥培すると、自生地より花が大きく華やかになります。テマリ咲きでは大きい花房で直径22〜25センチ、装飾花で5.5センチほど。挿し木苗を畑に定植すると、陽のあたる場所で次の年に樹高60センチぐらいになり花をたくさん付けるので、鉢作りにも適していると思われます。
花色はNo.8f01を除き自生地で青、株により一部だけピンクに咲く場合があります。栽培すると酸性土で青、中性土に近づくにつれピンクが強くと、平均的な変化をしています。畑では枝ごとに変化する場合もあり、年によっても違ってきます。No.8f01は日があまり差し込まない自生地で淡いピンクに咲き、酸性土壌で栽培してもピンクとなります。さらに、明るい場所で栽培すると濃いピンク色へと変化しました。
No.712(畑、ピンクに開花) No.712(畑、花ごとに色が変化)
我が家で栽培する場合は、挿し木をして次の年に畑に定植します。条件の良い場所では、その翌年に樹高60センチに育ち、たくさんの花を咲かせてくれます。日陰ではそれ以上高くなり花の数が少なくなります。生垣として土壌が少なく痩せた場所(溶岩台地である当地本来の土壌)に植えると、枝の数が少なく伸びも悪く、翌々年に少数の花を咲かせます。現在は挿し木苗を畑やその周囲に生垣として栽培し経過を見ている最中であり、これから変化することもあると思いますので、異なった結果が出た場合は後日修正させていただきます。
畑に2株定植して翌年に開花(磯万度:Iso mando) 畑に3株定植して翌々年(No.712)
私が今まで見たアジサイの中で、興味のある株は挿し木で殖やして保存しています。20年以上前のアジサイは道路沿いの生垣になっており、伊豆の華や城ヶ崎・磯笛・ヤマトアジサイ(古代紫)・磯万度などが毎年きれいに咲いてくれます。その中でも個性がでて、磯笛が3メートルの高さでたくさんの八重花を咲かせるのに比べ、伊豆の華は半分にもみたない樹高しかありません。最近のアジサイは畑の周囲に植え、成長につれ変化する姿を楽しんでいます。
伊豆半島は車を運転できない私にとって広すぎる上、仕事の合間に出かけるので未調査の地域がたくさん残っています。さらに、海岸線のガクアジサイだけでなく、集落周辺の未知のアジサイ(Hydrangea serratophylla ?)も同時に調べているので、全てを回るのに何年かかるかわかりません。これからも毎年、場所を変えながら調査を進めていきますので追加と修正を加えていきたいと考えています。
平澤 哲
あじさい第24号(2011年3月、日本アジサイ協会)に投稿した文章を修正
最後の修正:2011年8月28日
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