伊豆半島におけるガクアジサイとアマギアマチャを含むヤマアジサイの交雑種

伊豆半島において、私たちが生活している身近な所で、人と共生してきた未知のアジサイが育っている。しかし、海岸のガクアジサイと似ていることもあり、身近にも関わらず誰も目を向けることがなかった。
このアジサイに光をあてることが、共に暮らしてきた一住民としての役割と考えて、ここに書き残すこととした。

はじめに
伊豆半島のガクアジサイを調べる中で、海岸線より数百メートル山側に入った集落の周囲や河川沿いに青から白色の花を咲かせるアジサイがあることがわかってきた。約30年前に伊東市宇佐美の山で青色の花のアジサイを、20年以上前にも、同市鎌田の松川沿い(河口より約2km上流)で白花のアジサイを2株見ており、不思議に思いながらも近づけない場所なので確認をあきらめたことがある。最初に近くで見た場所は、伊東市街地の西北側の山だった。道沿いに点々とアジサイが咲いており、海岸と異なり白花が多いことが不思議だった。葉はガクアジサイより光沢が少なく小型である事が特徴であった。同年に伊東市八幡野でも同様のアジサイの自生が確認できたことで、広範囲にわたって自生していることがわかってきた。
その後はガクアジサイを調べていたので、このアジサイの存在を忘れていたが、2002年に東伊豆町で再びこのアジサイに出会った時に、最初の出会いとは違う衝撃を受けた。一つの川沿いで、ガクアジサイからヤマアジサイ同様の花まで、様々な変異の株が同居していたのである。この時から、伊豆半島での交雑種の存在を意識するようになり、注意してみるようにもなった。
どこで見てもこのアジサイは人間が管理をしている集落内や道路・田畑の周囲と海岸に分布しており、自然の中でなく人と共に生きなければならない。したがって、この未知のアジサイを里山に分布することから「サトアジサイ(里あじさい)」と命名することを提案する。そして、本文ではこのアジサイを仮の名称「サトアジサイ」と記すことにする。

過去は
今までは、伊豆半島では海岸にガクアジサイ、山間部にアマギアマチャが住み分けて自生しており、函南原生林や淡島を除いてヤマアジサイは存在しないと考えられてきた。近くの箱根や富士山にたくさん分布しているのにそう思われたのは、伊豆ではアマギアマチャの存在があまりにも大きかったからかもしれない。また、集落周辺で咲くアジサイはすべて海岸のガクアジサイだと考えられていたのだろう。

分布
しかし、熱海市から南伊豆町にかけて、両者の中間地点にあたる川沿いや集落周辺に自生するアジサイは、ガクともヤマとも異なる変異の大きなアジサイ群であることがわかってきた。
東伊豆町の大川では、海岸線より400メートルを超えるとサトアジサイが現れ、最も奥の畑周辺、2260メートルまで見られる。1500メートル位の場所で小葉であるが照り・厚みがあり、ガクアジサイ同様の花色をもつ株がいくつも自生していた。大川より南側の白田では、海岸線より 200メートル付近でガクアジサイとサトアジサイが混在し、600メートル付近から2900メートルまではサトアジサイだけ見られ、3600メートルを過ぎるとアマギアマチャだけが自生していた。
土屋隆一氏(下田市在住、日本アジサイ協会会員)に同行した調査の際に、下田市南部から南伊豆町においてはサトアジサイが海岸近くより見られ、ガクアジサイとサトアジサイの見分けがつかない場所があることもわかった。下田市南部・南伊豆町は海岸より数10mからこのアジサイが分布している。南伊豆町のある海岸では海岸線より約 130メートルの傾斜地の中で、ガクアジサイとヤマアジサイに酷似した株がすぐ近くに見られるほど両者に距離がない場所もあった( 2008年)。このように、東伊豆では海岸にガクアジサイ、山側にサトアジサイと住み分けが見られる一方、南伊豆では海岸にまでこのアジサイが進出している。熱海市では海から立ち上がる岸壁が高い場合に、その上の道沿いにサトアジサイが見られる。
南伊豆から西伊豆に向かう道路沿いにもアジサイが見られるので、西伊豆までは自生しているであろう。
まだ、山側の調査が進んでいないため、自生する範囲をはっきり示すことができないが人の手が加えられた田畑まで、そして稀に山に深く入った高いところを通る道路沿いと考えている。
最近の調査で交雑種の分布が静岡県函南町・神奈川県湯河原町、同県箱根町に及ぶことがわかってきた。これらは細葉系のヤマアジサイ(ホソバコガク)と混植していることから、ガクアジサイとヤマアジサイとの自然交雑種と考えられる。しかし、外観だけ見てもアマギアマチャとホソバコガクの境界線がわからず、今後の課題となるだろう。また、神奈川県においては鎌倉周辺から三浦半島にかけて交雑種が自生する可能性がある。
最近は園芸種が庭に植えられているので、サトアジサイのすぐ近くに実生で繁殖したアジサイを見てもそれが自然交雑種であるかの判断が難しくなっている。

特徴
固定された種でないので、地域による差が大きく、同じ地域内でも株ごとの変異が大きい。
外観は葉・茎・花共に海岸に近いほどガクアジサイに近く、離れるにつれてヤマアジサイに近づくことが一般的である。しかし、海岸線ではガクアジサイと、山側でヤマアジサイと見分けの困難な個体も見られる。花の色はガクアジサイと同じ淡い紅紫色・淡い青紫色から白色まで、山側に入るほど白花が多くなってくる。一般的には、青花に点々と白花の株が混ざっている。
例外として、南伊豆の海岸近くでは、サトアジサイは城ヶ崎海岸のガクアジサイより大型になり、装飾花が直径9cmを越すものも見られる。東伊豆では小型になることが普通なので、もともと南伊豆のガクアジサイがおおきかったのであろうか。
狭い範囲で見られる特徴だが、下田市より南側で複雑な濃淡の筋が入る花やガク片の両側が樋状に上がる花がでてくる。下田市のある場所では白い筋の入る絞り花が多く、2、3枚のガク片が合わさった連弁咲きも多く見られる。

南伊豆:大型(自生地で装飾花の最長9.5m)

下田市:濃淡のある筋花

下田市:樋咲き

ガクアジサイとの違い
本州においては、ガクアジサイは海岸線に自生している。一方、伊豆諸島では山の高い所にもガクアジサイが進出しており、八丈島では葉が普通より薄い場所もあるようだ。同じように、伊豆においても条件が合えばガクアジサイが山側に進出してもおかしくなく、大正時代以後に作られた道路沿いでその例を見ることができる。伊東市においては海岸より1.3km、標高190mの場所で見られた例もある。
しかし、集落内や田畑の周囲などの古くから自生していると思われる場所では、以下の理由からサトアジサイはガクアジサイの特異型でなく、アマギアマチャを含むヤマアジサイが関わった交雑種と考えている。
1、葉・茎・花共にヤマアジサイ型の株が見られる。(写真1)
2、葉の大きさ・厚さ・光沢の有無・形は個体ごとに異なり、ガクアジサイからアマギアマチャの範囲内で見られる。(写真2)
  葉の表裏両面の主脈と側脈に短毛を持つものや葉柄に色が入るものが見られる。(写真3)
  主脈と側脈が深く窪んだ葉が見られる。
3、花序及び装飾花はガクアジサイより大型からアマギアマチャの大きさまで、幅広い範囲で見られる。
  花色は淡紅紫色から白色(装飾花、両性花共に)まであり、山側に入るほど白花が多くなる。
  ベニガクの装飾花のように白から紅色に変化する個体がある。(写真4)
4、幹の高さ・太さは両者同様から中間の範囲。幹に色が入る株も見られる。(写真5)
5、個々の自生地内での変異が大きい。(写真6)
6、ガクアジサイを種子親としたヤマアジサイとの交配が可能である。

写真1:海より700m、海抜40m、下田市

写真2:比較対称として、右上はガクアジサイ、右下はアマギアマチャ

写真3:葉柄が褐紫色

写真4:白色⇒ピンク⇒赤色と変化する。

写真5:幹の日の当たる所が色付く。

写真6:海より800m、海抜130m、東伊豆

アマギアマチャが片親
千葉県から静岡県にかけての地域にはガクアジサイとヤマアジサイが自生しているので、両者の自然交雑種が生まれても不思議ではない。伊豆半島以外にも気付かないだけで、存在する可能性があるだろう。
その中でも、伊豆半島の東部から南部にかて、種子親となるガクアジサイが特に多く、高地性の植物が海岸近くにまでおりている(例:モミ・マメザクラ・ナツエビネ・ジンジソウなど)ので他所より交雑種の生まれる可能性が大きいと思われる。そうであったとしても、伊豆では花粉親がアマギアマチャなのか、ヤマアジサイなのかの課題が残っている。サトアジサイの自生地においてヤマアジサイに酷似した株が見られるのに対して、アマギアマチャは離れた高い場所に独立して群落を形成していることから、私はヤマアジサイが片親だと考えていた。しかし、2013年に上町氏(滋賀県立大学)が調査を行った結果では一部の地域を除きアマギアマチャが親であった。その結果で驚いたことは、城ヶ崎海岸のガクアジサイ群落の中にごく少数であるがエゾアジサイのかかわった交雑種が含まれていたことだ。
また、熱海市ではガクアジサイとヤマアジサイの交雑種が存在していることもわかった。神奈川県で見られる交雑種はヤマアジサイ(ナガバコガク)と同じ場所に自生しているので、やはりヤマアジサイとの交雑種であろう。。

ヤマアジサイが片親の地域
熱海市は隣地にヤマアジサイが自生する函南町や神奈川県湯河原町があることからヤマアジサイとの交雑種がある。函南町と湯河原町・箱根町にはヤマアジサイ(ホソバコガクを含む)の中に交雑種が混ざっているので、そこでもヤマアジサイとの交雑種であろう。

学名
フランスのアジサイ研究家コリン マレーさんは『HYDRANGEA Portraits d’hydrangeas』(アジサイ図鑑)の中で、ガクアジサイ(H. macrophylla)とヤマアジサイ(H. serrata)との交雑種をHydrangea.×serratophyllaと名付けている。まだ、それは書籍中だけであり、正式な学名として発表されていない。

人とのかかわり
伊豆半島は、主に常緑の照葉樹で覆われるのが本来の姿である。しかし、アジサイは日陰で生育することが出来ず、海岸や川沿い・傾斜地等の陽のあたる場所でないと育たない。このような伊豆で人が住む為に木を伐採して家や田畑を作ることにより、アジサイの新たな生活場所が生まれたと考えられる。そのために、漁村より田畑の多い農村に幅広く分布している。そして、人口の増加と共に、分布が広がったと考えられる。南伊豆ではゴルフ場の開発によりうまれた傾斜地等に、今でも実生により繁殖しているとのことである。サトアジサイは昔から今まで人との係わりの中で育ってきており、これからも人と共に生きていかなければならない運命にある。
伊東市では新しい道路沿いに進出したガクアジサイの中に、サトアジサイが同居している姿を見ることがある。もともと離れて生きてきた山と海岸のアジサイが近づく機会は、中間に位置するこのような場所で生まれたのであろう。もし、伊豆半島に人が住み着くことがなかったとしたら、生まれたとしても今のように広がりを持って分布することはできなかったと思う。今でも、民家のすぐ隣で花を咲かせ、里山で大きく育っている。

保護
サトアジサイが自生する地域は観光が主であり、それに関連する産業以外は多くない。そのために、若い人が外に出ていき人口の減少と高齢化が進んでいる。
これからの心配は、空家が増えると共に放置される田畑や林が多くなることである。人の手が入らずに自然にもどるほどアジサイの生活場所が減っていき、周辺で陽地性のアズマギクやキキョウが減少したのと同様のことが起こる危機がせまっている。伊豆のなかで限られた地域にしか自生しないこのアジサイを、どのように守っていくかが今後の課題であろう。また、個人の庭や公園で園芸種のアジサイを見る機会が増えてきた。この外来のアジサイが、今後どのように周囲に影響を与えるかも心配の種となっている。特に、民家の直ぐそばにその自生地があることから、庭に植栽したアジサイよりファイトプラズマのような治らない病気がうつる危険性も大きくなっている。
地元で自生地を保護することが一番良いのだが、ガクアジサイと同じように自然にあるものとして大切に扱われたことがなく、邪魔だと思われると容易に刈り取られてしまうだろう。人の手で除かれたり、日が当たらなくなり枯れてしまう心配を考えると、貴重と思われるアジサイだけでも複数の場所で育てていく必要がある。アジサイの原産国として、これから有用だと思われる遺伝子を保護しなければならない。

有効利用
最近、南伊豆で外岡徳三郎氏により発見・発表された『雲居鶴』はこの一群より見出されたものである。これ以外にも土屋隆一氏により自然の造形力に驚かされるほどの有望なアジサイがいくつも発見されており、今後の発表が待たれているところである。南伊豆では海岸近くで8センチ以上ある大輪の装飾花が多く、他では見られない濃淡の筋が複雑に入り組む花色を持つ株も多く見ることができる。ヤマアジサイに近いものに、側枝から開花しやすいアジサイが出ており、それらは花の重さで枝が垂れて咲くので切花用として有望である。東伊豆では小型の照り葉を付けるものがあるので、その中から今までより小さな鉢物に適したアジサイが見つかる可能性がある。このように変異の豊かなサトアジサイは、これからの調査でも新たな発見が続くものと思われる。伊豆半島に自生していた八重咲きのガクアジサイが交配親として使われ、数多くの新品種が生み出されている事から、既存のアジサイと比べて変異が大きく一味違った姿を見せるこのアジサイが、日本の新たな資源として生かされることを望んでいる。

自生地の写真

東伊豆:道を造るために崩した崖

南伊豆:道をはさんで民家がある

南伊豆:民家の横の空き地

花の写真

東伊豆:畑と林の境

東伊豆:集落内の川沿い

南伊豆:道沿い

参考文献
静岡県植物誌 杉本順一著 昭和59年 第一法規出版株式会社
アジサイ図鑑 コリン・マレー著 大場秀彰・太田哲英訳 2009年 株式会社アボック社
ホームページ「植物ワンダーランド」内の「日本シダの会50周年記念大会八丈島エクスカーション」

2016年10月18日修正

自生地の写真
伊豆半島のアジサイ
自生地の写真
城ヶ崎海岸のガクアジサイ
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